39. パラドックスな後継者

2026/09/30

 「郷には郷に従え」が意味することは、新参者はその集団の文化に従うことで受け入れられることをいう。一方で、「型破り」という表現もある。これは郷には郷に従えと正反対の意味のように見えるが、型を破るためには型を熟知しておかねばならないという意味もある。

 近年、経営学の分野で一世風靡している概念の一つに、両利きの経営(O'Reilly & Tushman, 2016)がある。事業が長期に存続するためには、既存事業を深化させることと、環境の変化に適応できるよう新規事業の種を探索する二つの取り組みが重要であるというものだ。

 しかし、この既存事業の深化と新規事業の種の探索は、組織において異なる筋肉が必要である。ファミリービジネスの後継者もこれと同じような状況にある。先代経営者から事業を継承して取り組みながら、新たな収益の柱も構築することが求められる。この既存と新規の間におかれる後継者は非常にパラドックスな環境にある。

 このような後継者が両利きの経営を実践することにヒントを与えるのが、Barach et al.(1988)の正統性獲得のプロセスモデルである(下図参照)。このモデルには、二つの重要な示唆がある。第一に、後継者は新たな成果を上げなければならないことである。これは何でも新しいことにチャレンジすればよいということではない。組織に貢献するような新成果である必要がある。新しい挑戦であるからこそ実力も認められやすい。

 第二が、集団や組織の文化を受け入れることである。たとえば、新入社員が会社のルールについて上司に異議を唱えたとき、「この会社のやり方だから」と宥められるケースだ。後継者は将来、経営者として資源動員を担わなければならないが、特に入社まもなくは従業員がすぐに従ってくれるとは限らない。新参者である後継者には、まずは家業の文化や慣習を理解することが求められ、それなしには集団からは受け入れられにくいのである。

 冒頭で、「型破り」という表現を紹介した。まさに、後継者が型を破る(前例がない新たな挑戦を行う)ためには、まずは郷に従い、型をよく知る(集団文化を理解する)ことが必要である。

 

図  後継者の正統性獲得のプロセス  

(出所)Barach et al.(1988)の図1(p. 52)を筆者が訳出、引用 。

 

(参考文献)

Barach, J. A., Ganitsky, J., Carson, J. A. & Doochin, B. A. (1988). Entry of the Next Generation: Strategic Challenge for Family Business. Journal of Small Business Management, 26(2), 49–56.

O'Reilly, C. A., III & Tushman, M. L. (2016). Lead and Disrupt: How to Solve the Innovator's Dilemma. Stanford Business Books. (冨山和彦・入山章栄監訳, 頼成一・不二淑子訳『両利きの経営:「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く』東洋経済新報社, 2019年)

この記事の執筆者

落合 康裕
落合 康裕

静岡県立大学教授