信託財産と信託目的は、民事信託を理解するうえで、委託者・受託者・受益者と並ぶ中心的な概念です。信託は、特定の目的のために財産を所有者から切り離して管理・運用する仕組みであり、「何を託すか」と「なぜ託すか」がその構造を方向付けます。信託財産は、委託者が特定の財産を切り出し、受託者へ信託譲渡することで成立します。対象となる財産は、不動産、金銭、株式、債権、著作権など多岐にわたり、譲渡可能な財産は原則として信託化できます。一方、譲渡禁止特約が付された銀行預金のように、直接信託できない財産もあります。この場合は、預金している金銭を受託者名義の専用口座へ移すことで対応します。また、農地のように法令で信託が禁止されている財産も存在します。信託開始後に財産から生じた賃料や配当などの利益は自動的に信託財産に組み入れられ、売却代金も同様です。この性質により、たとえば高齢者が自宅を信託し、認知症発症後に受託者が売却し、その資金で介護費用を支払うなど、将来に備えた柔軟な運用が可能になります。信託財産をどう扱うかは信託目的によって方向付けられ、事業承継の円滑化、生活の安定、財産の活用、医療や介護への備えなどが典型例です。信託目的は受託者の行動基準となるだけでなく、信託の変更や終了の判断枠組みとしても機能します。実務では、信託目的に委託者や家族・組織の理念を織り込むことも多く、ファミリー憲章を踏まえて守るべき資産や価値を共有し、信託でその実現を図るケースもあります。理念と目的が明確であれば、受託者はその枠の中で適切に判断でき、次世代の対立防止にもつながります。
この記事の執筆者
Y&P ファミリービジネスコンサルティング
田中 康敦
弁護士法人Y&P法律事務所 パートナー
弁護士・民事信託士