35. 令和8年6月17日 最高裁決定について

2026/07/01

 令和8年6月17日、最高裁は、民事信託に関連する事件(受託者解任申立て却下決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件)において、令和6年9月10日付東京高裁の判断(事件番号令和5年(ラ)639)を破棄し、差し戻して再度審理させる決定をしました(以下、「本決定」といいます)。最高裁が判断した点の一つは、委託者と受益者の合意により信託を終了することができるルールを定める信託法164条1項を、個別の信託契約の内容によって排除できるかという点に関連するものでした。

 信託法164条1項の定めによると、委託者及び受益者の合意で信託を終了することができます。つまり、自益信託として設定された信託においては、委託者兼受益者の意向により信託を終了できる状況となります。この点、承継スキームの安定性を高めるため、受託者の同意がなければ信託を終了できないようにするなど、委託者兼受益者だけの意向では終了できないような信託条項を設定するケースがあります。

 本決定も委託者と受益者が同一人である自益信託の事例であり、「委託者兼受益者は、本件信託の期間中、本件信託契約を解除することはできないものとする旨の定め」(以下、「本件条項」といいます)がある中で、委託者兼受益者の意向によって信託を終了できるのかが争点の一つになりました。これまでの裁判では、信託法164条3項において、信託法164条1項と異なる内容の条項を設定することが認められていることから、信託法164条1項を本件信託に適用しない趣旨の別段の定めがあるならば、その定めの文言どおり、委託者兼受益者の意向だけでは信託を終了できないとの判断がされていました。

 本決定は、信託について、「信託財産の所有と利益享受の分離を図り、受託者が名義主体でありながら利益を享受しないこと」を本質の一つと捉え、信託法164条1項の適用を排除する条項の効力を判断するに当たり、信託の本質、とりわけ受託者の利益享受禁止及び利益相反行為規制の趣旨を重視したものといえます。

 本決定は、信託法164条1項の適用を排除する定めについて、「抽象的、類型的には、委託者兼受益者と受託者の利益相反を招来する危険のある行為」と評価し、信託法164条3項で別段の定めができるとしても、その条項が効力を有するためには、信託の目的の達成のために合理的に必要と認められることが必要であるとの判断を示しました。

 民事信託の実務対応の中で、信託法164条1項を排除する別段の定めは、当事者にご理解いただくことが難しい信託の類型があると感じておりました(認知症対策のための信託など)。本決定は、一定の基準を示すものであり、民事信託の実務に影響を与えるものです。ただ、それにとどまらず、信託法上、契約でどこまで法律のルールと異なる定めを置くことができるか、すなわち別段の定めの限界を考える上でも今後参照される最高裁決定となるでしょう。

 なお、本決定には、受託者解任との関係など上記以外にも検討すべき点があり、渡辺裁判官の補足意見においても、今後の実務に影響を与える可能性がある指摘があります。これらについても別の機会に取り上げます。

この記事の執筆者

田中 康敦
Y&P ファミリービジネスコンサルティング
田中 康敦

弁護士法人Y&P法律事務所 パートナー
弁護士・民事信託士