「業績が悪いので、役員報酬のカットを提案したいのですが……」ある日、番頭が覚悟をもって当代に進言すると、当代は即座に先代へ相談した。すると、先代は笑ってこう言った。
「ええ部下、持ったな」——。
これは単なる経営判断の話ではない。番頭の言葉は、提案(進言)ではなく諫言だった。自分の評価や立場が揺らぐことを覚悟しながらも、会社と当代を想って発した一言。そこには、深い愛情と責任感、そして"番頭"としての矜持があった。
この言葉に即応できたのは、先代が百戦錬磨の経営者であり、すでに「後継者とその番頭が、共に成長し合えるチームを築くこと」が、事業承継における真の成功だと見抜いていたからだ。一代ではなく、二代三代と永続する企業をつくる視点が、そこにはあった。
また、このエピソードの背景には、当代と先代の「信頼関係」と、ファミリー内に育まれた「絆」があった。創業家というファミリーの連続性があってこそ、当代と番頭の関係も深まっていく。先代の一言は、まさに“背中で承認する”という日本的な後継者教育だったのかもしれない。
この出来事をきっかけに、番頭として当代への進言が、格段にしやすくなったと感じる。自分の想いを素直に届けられるようになったのだ。ファミリービジネスの経営には、「理(ことわり)」だけでは動かない「妙(たえ)」がある。この“妙”を支えるのが、番頭という存在であり、そしてその背後には、先代という見えない後ろ盾が静かに控えている——。
あなたの企業では、番頭が「諫言」できる関係性が育っていますか?先代は、次の世代のために「見えない後ろ盾」として機能しているでしょうか?番頭と当代と先代。三者の関係性の質が、次代の経営チームの土台を決めるのです。
経営学者・落合康裕の視点
標準的な国語辞書によると、諫言(かんげん)とは「上司に間違った点を指摘し、改善を促すこと」です。通常、トップに経営の規律づけを行うことは難しいものです。上場企業の経営者であれば、株主からの牽制があります。しかし、未上場のファミリービジネスの場合、経営の規律づけを担える人が少ないことがほとんどです。このことが、経営の暴走を引き起こしてしまうこともあります。
笠谷和比古氏の著作(*)によると、江戸時代に「主君押し込め隠居の制度」がありました。主君が不適切な行動をとる場合、家臣の総意をもって主君を引退させる慣行が正当化されていたのです。ファミリービジネスの場合、諫言ができる役割を担いうるのが番頭です。
番頭は、経営者の側近であるとともに、時に従業員の意見を代表する存在にもなります。番頭の諫言は、従業員からの経営監視の意味も含まれ、オーナー経営者の独断的な意思決定を防ぐことにつながります。
(*)笠谷和比古(2005)『武士道と日本型能力主義』新潮社.
この記事の執筆者
ロマンライフ専務取締役・番頭
静岡県立大学教授