5. スリーサークルを俯瞰すべき番頭の役割~オーナー経営者の奮闘と、スリーサークルの変容~

2025/07/22
中小企業のオーナー経営者にとって、日々の経営はまさに「命懸け」といっても過言ではありません。社会や業界の変化は激しく、先の読めない中で「今日も、どう企業を前に進めるか」に全神経を集中させておられることと思います。そのような現場では、「ファミリービジネスのスリーサークルモデル(オーナーシップ/ビジネス/ファミリー)」の全体像にまで意識を巡らせる余裕がないことも少なくありません。
 
しかし、私は声を大にしてお伝えしたいのです。
 
『スリーサークルは、世代とともに確実に変容していく』
 
ということを。「同族企業は3代目で倒産する」といった言葉が囁かれる背景には、このスリーサークルの変化に十分対応できていない実情があるのではないか。私は、創業者から3代目までに仕え、長年その移り変わりを間近で見てきた者として、そう実感しています。
 
私の仕える企業を例にご紹介しましょう。
 

 ①創業期: 

創業者は、事業も家族も自らの掌の中にあり、オーナーシップ・ビジネス・ファミリーの3つの円がほぼ重なっていました。家族も夫婦二人。意思決定もシンプルで、現場と家庭は一体でした。

 

②2代目の時代:

会社は成長を遂げ、社員も売上も拡大。ビジネスサークルが大きく広がる中で、組織の方向性を示すために「経営方針書」が必要となり、経営理念や価値観の明文化が進みました。

 

③3代目の時代:

ここで大きな転換点が訪れます。家族の人数が20名、30名と増え、ファミリーのサークルが大きく広がったのです。個々人の価値観や人生観も多様になり、経営と家族の間に立ち入れない「壁」が生まれはじめました。この段階では、「家族憲章」など、ファミリーの理念や行動指針の明文化が求められるようになります。

 

このように、スリーサークルは世代を重ねるごとに“重なり”が小さくなり、各サークルに個別の課題と対応が必要になるのです。特に3代目以降は、「ビジネス」「オーナーシップ」「ファミリー」すべての領域でバランスのとれた対応が求められます。


つまり、経営を任されたからといって、「お前に任せた」で済む時代ではないのです。むしろ、その『任された』後に待ち受ける複雑な課題こそが、ファミリービジネスの永続性を左右します。そして、まさにその領域こそが、番頭の出番だと私は考えています。


番頭の役割とは、オーナー経営者に先んじて課題を俯瞰し、ファミリービジネス特有のリスクと可能性を見極め、優先順位を整理しながら提言していくことです。時に、経営会議の議題の裏側にある“未顕在の火種”を見つけ出し、時に、家族の集いの中で交わされる何気ない言葉から、“次世代の兆し”を読み取る。このような「三つの円をつなぐ視点」と「一歩先の配慮」が、番頭に求められる真価なのです。

 

経営学者・落合康裕の視点

スリーサークルモデルは、ファミリービジネス研究で最も基本的な理論です。ファミリー、ビジネス、オーナーシップの三つの軸から成り立っています。ファミリービジネスでは、これらどの要素が欠けても健全に経営することができません。それだけではありません。この三つの要素は、時間の経過や組織の成長とともに変化します。ファミリーは、親子の状態から一族集団になりまし、経営も個人事業から社会性を帯びた大企業へ、オーナーシップも個創業者100%所有から株主の大衆化(株主の多様化)が進みます。このようにファミリービジネスが変化の真っ只中にある場合、当事者の一族経営者は本来変化に適応すべきところ、旧来の個人事業時代の方法に依存してしまいがちです。このような中、スリーサークルの変化の機微を冷徹かつ客観的に俯瞰できる番頭が必要になるといえるでしょう。

この記事の執筆者

加藤 隆一
加藤 隆一

ロマンライフ専務取締役・番頭

落合 康裕
落合 康裕

静岡県立大学教授