
ある日のこと・・・。
家族憲章を作成するために開かれた家族会議での出来事でした。
「兄弟なら最強や。仲良くやればいい」親父である当代のその一言は、情にあふれ、温かいものでした。けれど、その言葉を受けた兄弟は、黙ったまま。私はその表情から、こんな心の声が聞こえてくるように感じたのです。
「親父がいる間は、それでもいい。でも、親父がいなくなった時、もし俺たちが対立したら、誰がその間に入ってくれるんだろう?」この問いには、ファミリービジネスに特有の“もろさ”がにじんでいます。家族という近しさがあるがゆえに、遠慮や感情が複雑に絡まり、“本音で話し合えない”ことこそが最大のリスクになるのです。私は、その空気を感じ取り、兄弟それぞれと個別に時間を過ごし、食事を共にしました。
形式ばらない場だからこそ、ぽろりと出る本音があります。彼らの心の奥にある不安や願いを、静かにポケットに入れるように受け取っていきました。
そして翌月、再び開かれた家族会議。話題が自然と、ファミリービジネスにおける“情”と“理”のバランスの難しさに話が及んだとき、私はそっと、二人の気持ちを場に浮かび上がらせました。その瞬間、空気がふと変わり、兄弟は目を合わせ、うなずき合い、こう語ったのです。
「この先、感情でぶつかることがあっても、“話し合える土台”があることが大事なんだな」
そこに生まれたのは、「継ぐ」という覚悟と、「家族だからこそ守るべきルール」を共有する合意でした。
まさに、“情”と“理”のバランスを図る家族憲章の意義が、静かに実感された瞬間でした。
事業承継とは、単なる株や経営権の引き継ぎではなく、「関係性」や「ルール」の継承でもあります。
そして、その第一ボタンを誰がどう掛けるのか。そこには、家族の想いと経営の構造をつなぐ“第三者の伴走者”が、確かに必要なのです。
経営学者・落合康裕の視点
この記事の執筆者

ロマンライフ専務取締役・番頭

静岡県立大学教授