3. 事業承継をつなぐ~“仲の良さ”だけでは乗り越えられないもの~

2025/07/22

ある日のこと・・・。

家族憲章を作成するために開かれた家族会議での出来事でした。

 

「兄弟なら最強や。仲良くやればいい」親父である当代のその一言は、情にあふれ、温かいものでした。けれど、その言葉を受けた兄弟は、黙ったまま。私はその表情から、こんな心の声が聞こえてくるように感じたのです。

 

「親父がいる間は、それでもいい。でも、親父がいなくなった時、もし俺たちが対立したら、誰がその間に入ってくれるんだろう?」この問いには、ファミリービジネスに特有の“もろさ”がにじんでいます。家族という近しさがあるがゆえに、遠慮や感情が複雑に絡まり、“本音で話し合えない”ことこそが最大のリスクになるのです。私は、その空気を感じ取り、兄弟それぞれと個別に時間を過ごし、食事を共にしました。

 

形式ばらない場だからこそ、ぽろりと出る本音があります。彼らの心の奥にある不安や願いを、静かにポケットに入れるように受け取っていきました。

 

そして翌月、再び開かれた家族会議。話題が自然と、ファミリービジネスにおける“情”と“理”のバランスの難しさに話が及んだとき、私はそっと、二人の気持ちを場に浮かび上がらせました。その瞬間、空気がふと変わり、兄弟は目を合わせ、うなずき合い、こう語ったのです。

 

「この先、感情でぶつかることがあっても、“話し合える土台”があることが大事なんだな」
そこに生まれたのは、「継ぐ」という覚悟と、「家族だからこそ守るべきルール」を共有する合意でした。

 

まさに、“情”と“理”のバランスを図る家族憲章の意義が、静かに実感された瞬間でした。
事業承継とは、単なる株や経営権の引き継ぎではなく、「関係性」や「ルール」の継承でもあります。

 

そして、その第一ボタンを誰がどう掛けるのか。そこには、家族の想いと経営の構造をつなぐ“第三者の伴走者”が、確かに必要なのです。

経営学者・落合康裕の視点

ファミリービジネスには、仕事世界と一族の二重の関係性が複雑に入り混じっています。時にそのバランスが崩れることもあります。このような時こそ、一族を客観的に見ることができ、かつ一族の過去からの文脈を熟知した番頭さんが必要になります。番頭という概念は欧米にはなく日本固有のものです。番頭には、経営幹部としての経験に加え、一族の機微の変化を見逃さない高度な感受性が求められるのです。

この記事の執筆者

加藤 隆一
加藤 隆一

ロマンライフ専務取締役・番頭

落合 康裕
落合 康裕

静岡県立大学教授